2005年 03月 13日
三度目の正直ならず・・・【第二節HOME浦和戦】 |
J1勢相手に
2点のリードを付けたのは、
関塚体制になって3度目だった。
1度目は、天皇杯神戸戦。
2度目は、天皇杯鹿島戦。
しかし、いずれも2点のリードを
守りきれず、追いつかれた。
今度こそは、と声を振り絞った。
脳裏によみがえるのは、
昨年の山形戦と仙台戦。
第7節山形戦では、1-0とリードしながら、
82分、86分と立て続けにゴールを奪われ、敗北。
第26節仙台戦では、2-0とリードしながら、
ロスタイムに2点を奪われ、ドロー。
だから、後半35分になっても、油断はしなかった。
後半45分を回っても、まだ半信半疑だった。
だが、ロスタイムに入って2分が経ったとき、
(恥ずかしながら)「勝った!」と思った。
J1は甘くなかったし、まだまだウチらは甘かった。
この日は、何もかも異例づくしだった。
家を出たのが、午前10時半。キックオフ5時間前。
いつも立ち寄るキオスクのおばちゃんに、
「今日は早いのね、もう行くの?」と呆れられたのも当たり前。
いつもなら、キックオフ2時間半前に家を出ているのだ。
「今日は、相手が浦和だから早く行かなきゃいけないんですよ」と愛想を返し、
いざ等々力へ。
11時30分。等々力着。
シーチケ専用の7番ゲートには、すでに長蛇の列。
ちなみに、アウェイ側入場ゲート前の公園は、
まるでレッズサポ御一行様が花見でもしているかのような状態だった。
12時15分、シーチケ専用ゲート開門。
大宮戦、山形戦のような混乱も無く、スムーズに入場。
Gスポで座席を確保した頃、アウェイ側ゲートも開門。
あっと言う間に、アウェイゴール裏が赤で埋まっていく。
13時頃には、下のような光景になっていた。
だが、川崎側も徐々に埋まり始める。
メインスタンドから、客席が青く染まっていく様を眺めながら、
しばし、過去の思い出を振り返りながら、感慨にふける。
……秀樹デーを超えた。
………大宮戦を超えた。
…………最終節広島戦を超えた!
やがて、ピッチに選手達が姿を現した。
万雷の、下川コール。吉原コール。
そして、鳴り響く「フローーーンターーレ!」の歓声。
帰ってきた。等々力に。念願のJ1に。
キックオフが迫る。
強く激しく、打ち振られる青黒のビッグフラッグ。
強く激しく奏でられる、フロンターレの旋律。
レッズサポの声など、耳に入らない。
我々は、いつも通りの、そしていつも以上の声援を送るだけ。
浦和の3バックを切り裂くジュニーニョ。
あの頃を彷彿とさせる、巌の運動量。
迷いを吹っ切ったかのように縦へ突進する、ヤス。
身を投げ出して攻撃を阻み続ける、周平。
我那覇の歓喜。
背番号9が、ゆっくりと反転してシュートモーションに入る。
まるで時間が止まったかのように、凍り付く周囲。
これが、ウチナンチュー・タイム。
誰も我那覇のリズムを邪魔することなどできない。
揺れるゴールネット。爆発する、川崎サポーター。
ゆっくりと、だが激しく、アウグストが足踏みを始める。
脳裏によみがえるのは、43節湘南戦。
絶望の中に残された、一筋の光明。
あの輝きが、再び等々力をまばゆく照らす。
3点目。誰もが求めていた、追加点。
後半35分頃から、チラチラと大型ビジョンに目をやり始める。
36分。37分。
進まない。なぜこうも1分が長いのか。
ロスタイムに入ってからは、穴沢主審ばかりを見ていたような気がする。
そろそろラストワンプレイのはず。
まだか。あとツープレイか。
まだなのか。もうラストプレイだろ。
蹴り出せ。流れを切れ。
穴沢に、腕に巻いてる時計の存在を思い出させるんだ……
試合が終わっても、周りのサポたちは立ちつくしていた。
放心状態だった。5分ぐらいは、動けなかった。
フットボールは人生のようなものだ、と誰だかが言った。
これで終わりじゃない。
喜びも悲しみも一緒くたにして、
長い長い道のりは、この先もまだまだ続く。
興味のない人間にとっては取るに足らない球の蹴り合いに、
一喜一憂できるのも、サポの特権。
笑えるのも、泣けるのも、サポだからこそ。
川崎市民で、よかったぜ。
<写真提供:川崎サポS氏>
追伸:新しいMDPとか、拡張されたSゾーンとか、
個々の選手の賞賛とか、他にもいろいろ書くべきことがあるんだけど、
また後日。
つーか、試合録画したんだけど、まだ見てません(笑)
by kawasaki20gogo
| 2005-03-13 03:36
| ●川崎観戦記